2019.05.20

File10 渡邊修(わたなべ・しゅう)先生 横浜市立本郷特別支援学校

障害のあるなしに関わらず,自宅近くの学校で十分な教育が受けられる環境。
色々な子どもが一緒に学ぶ学級。
渡邊先生の「大きな夢」を応援します。

特別支援学校の教師を目指したきっかけは?

 大学のフィールドワークで,附属の特別支援学校に見学に行ったことがきっかけです。障害のある子供たちが,専門性を持った教師の下で適切な指導・支援を受けて学ぶ姿は,とても新鮮でした。先生方も楽しそうで,まったく知らない世界だったにも関わらず,そこで働く自分をイメージすることができたのです。
 それまで,教員免許を取得できる履修状況にはありましたが,教職に特別興味はありませんでした。フィールドワークをきっかけに教師を目指すことを決め,さらに,せっかく特別支援教育について学べる環境にあるのだから,もっと学ばなければいけないと思うようになりました。

子供と接する上で心掛けていることは?

 一つは,情報量が多いと必要な情報の選択ができなくなってしまう子が多いので,分かりやすくシンプルに伝えることです。もう一つは,子供が一人でできる活動を設定することです。もちろん,必要な支援は行いますが,できるたけ子供が自分から動くのを待つことを大切にしています。
 子供に合った活動や支援のためには,一人一人の実態を把握し,教師全員で共有することが欠かせません。実態が十分に把握できていない,年度始めは支援することも多いのですが,少しずつ引いていくようにしています。すべてに対して支援をしてしまっては,子供の自己肯定感につながりませんし,支援者を頼るようになってしまいます。子供が自ら自分に必要な支援を求める力,発信する力を育てることにもならないからです。

そうした「一歩引いた」支援は難しいものではありませんか?

 確かに,ボランティアをしていた学生のころは,子供たちと関わりたくて仕方がなかったこともあり,「こうしたらどう?」「こうすればいいよ」などと,ついつい手を出してしまっていました。
 姿勢が変わったのは,教育実習校で行われた研究協議会の手伝いをした時です。子供たちに何かを「してあげる」という姿勢に疑問を呈する教授の講演を聴き,「確かにそうだな」と納得したのです。教師は子供たちに「○○してあげる」仕事だと思われがちですが,本当に必要な支援を見極め,子供の持っている力を引き出すことこそが,教師の仕事なのです。指導や支援がなかなか伝わらずにいた子がある日突然,成長した姿を見せてくれたり,必要な支援がバシッと決まって,子供の問題行動が改善されたときなどは,本当に嬉しくなります。

今後の課題は何ですか?

 経験による引き出しを増やすことです。大学で学んだことや,今本校で学んでいることが,これから出会う子供たちの事例にそのまま当てはまるとは限りません。経験を重ね,応用力を身に付けていくことが必要だと感じています。
 一方,教師として5年の経験を重ねたことで,「こうしておけば大丈夫だろう」と思ってしまうこともあります。100を求めず,70~80くらいで日常が回っていれば良しとしてしまいそうになるのです。でも,残りの20~30の部分を追い求めることが,自分の伸び代になります。毎日の一つ一つのことをさぼらず,取り組んでいくことを大切にしたいと思っています。

10年後,どんな教師になっていたいですか?

 指導を考えるときはいつも,子供たちの10年後の姿を思い描くようにしているのですが,自分の10年後をきちんと考えたことは,実はあまりありません。これまで5年間,本校で知的障害に関わってきたのですが,今後どういった障害種に対応することになっても,この経験を活かすことができればと思っています。
 また,大きな夢としては,障害のあるなしに関わらず,子供たちが自宅から一番近くの学校で必要な指導を受けられる環境が実現して欲しいと思っています。というのも,学生時代,屋久島に旅行したとき,屋久島の肢体不自由児童生徒は,種子島などの学校で寄宿舎生活をするしかないことを知ったからです。寄宿舎生活が悪いということではなく,障害があっても自宅近くの学校を選択肢の一つとして選べるようになって欲しいのです。そして,同じ学級に色々な子供がいて,一緒に学ぶ。そんな環境で働くことが教師としての大きな夢です。