教師であり弁護士でもある神内聡先生が、教師の学校でのコンプラを法律に基づいて解説します。
2019.08.26
教師であり弁護士でもある神内聡先生が、教師の学校でのコンプラを法律に基づいて解説します。
成績が落ちてきている生徒に「もっと頑張りなさい」などと繰り返し声を掛けてきました。保護者から子供のストレスになっている。パワハラだと苦情を受けてしまいました。励ましのつもりでしたが,パワハラになるのでしょうか。
設例では,成績が下がり気味の生徒に対する「指導」「助言」が「ハラスメント」になるかどうかが問題になっています。実は教員の指導や助言に法律上明確な定義はないため,何をもって「指導」と「ハラスメント」を区別するか,その基準が問題になります。
「助言」はともかく「指導」にはハラスメントにつながる要素があることは否定できません。「指導」には相手の意に反する考えを告げる要素があるからです。例えば,「勉強したくない」生徒に「勉強しなさい」と指導するのは,指導が正しいかどうかに関わらず,形式的には生徒の意に反しています。そのため,極論ですが,指導を受ける生徒からすれば,ハラスメントと感じる可能性が内在しているのです。
また,「指導」は一定の強制力を持つ「懲戒」とは異なります。懲戒は児童生徒の意に反して強制的に何らかの行為を命じるものであるため,法律で明記しなければなりません(学校教育法第11条)。しかし,「指導」は児童生徒の意に反するとしても,強制力を伴わないため,法律で明記されていません。つまり,児童生徒は教員の指導に必ず従う必要はなく,教員が「勉強しなさい」と指導しても,児童生徒が「勉強したくない」のであれば,勉強しなくともよいのです。
設例のような行為が児童生徒間で行われた場合に,一方が精神的な苦痛を感じたのであれば,いじめ防止対策推進法上の「いじめ」に該当します(同法の「いじめ」の定義の問題点としてよく議論されるところです)。しかし,教員と児童生徒間に同法の定義は適用されないため,通常の児童生徒ならハラスメントに感じるであろう行為と客観的に判断できなければ,ハラスメントとはいえません。そして,成績が下がり気味の生徒に「頑張れ」と励ます言葉を掛けるのは,通常の児童生徒であればハラスメントと感じないこと,成績が下がり気味の生徒に教員が何の指導や助言もしないのは,かえって教育上問題であることからすれば,設例のような教員の言動をハラスメントと判断すべきではありません。
もっとも,教員は児童生徒の資質を的確に理解した上で「個」に応じた指導をすべき立場でもあります。設例のように,何度も「頑張れ」と励ますことがプレッシャーになる生徒もいれば,一度しか励まされないのでは,気に掛けてくれていないと感じる生徒もいます。児童生徒の個性を理解して指導しなければならない教員の言動は,そもそも法的問題として扱うことが難しく,筆者自身も弁護士として法的な理屈を理解していても,教員として実際に生徒を指導する際には上手くいかない場合があります。一方的に教員の行動を問題視する弁護士もいますが,教員経験のない法律家が教員の指導内容を法的に判断することには慎重であるべきです。
2019 年5月に制定された,使用者にパワーハラスメントを防止する義務を課した法律(労働施策総合推進法)では,パワーハラスメントは,①職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であり,②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものであり,それによって,③雇用する労働者の就業環境が害される行為,を指すと定義されています。
教育現場の教員と児童生徒の関係を,職場における優越的な関係と同列に扱うことは法的にも教育的にも適切ではありませんが,今後教員の言動がハラスメントに該当するかどうかを判断する際に,この法律の定義も参照される場合があるかもしれません。