教壇に立つ弁護士・神内聡が一刀両断!
教師であり弁護士でもある神内聡先生が、教師がやりがちなアクションを法規に基づいて解説します。
2018.06.22
教壇に立つ弁護士・神内聡が一刀両断!
教師であり弁護士でもある神内聡先生が、教師がやりがちなアクションを法規に基づいて解説します。
●設例7 体罰?それとも指導?
授業中、注意してもおしゃべりを止めない女子生徒がいました。他の生徒への影響を考え、廊下で指導しようと腕を引いたところ、「痛い! 体罰よ!」と言われてしまいました。
本当に体罰になるのでしょうか?
教員は生徒に対して懲戒を加えることができますが、体罰は絶対に禁止です(学校教育法第11条)。しかし、教育現場では設問のように体罰に当たるかどうかを判断するのが難しい行為が少なくありません。これは、判例や文部科学省の体罰に関する判断基準があいまいであることや、海外と比較して日本の教員が児童生徒の問題行動に対して採りうる手段が非常に少ないことが影響しています。
体罰をめぐっては、子供の人権を徹底する観点から、「教員が手を出せば全て体罰である」という見解も強く主張されていますが、教員経験がない人が主張することも多く、説得的ではありません。また、判例や文部科学省もそのようには考えていません。判例は目的、態様、継続時間等から体罰を判断しており(最高裁判所平成21年4月28日判決)、文部科学省も「全校集会中に、大声を出して集会を妨げる行為があった生徒を冷静にさせ、別の場所で指導するため、別の場所に移るよう指導したが、なおも大声を出し続けて抵抗したため、生徒の腕を手で引っ張って移動させる」行為は正当な行為として通常体罰に当たらないとしています(「学校教育法第11条に規定する児童生徒の懲戒・体罰に関する参考事例」)。設問のように、私語を止めるよう指導しても、なお私語を止めず指導に従わない生徒の腕を引き、教室外に移動させようとした行為は体罰に当たりません。
日本では、体罰の定義や体罰と指導の区別を議論することに主眼が置かれており、そもそもの児童生徒の問題行動を議論することは一般的ではありません。また、教員経験者ではなく、研究者・弁護士・評論家など教育現場に身を置かない人間が議論を主導することも少なくありません。こうした傾向が、日本において体罰に関する非建設的な議論が何十年にもわたり続いている原因になっています。
設問のような場合、まず議論すべきは「授業中の私語は禁止」という基本的なルールを守れない中学生がいるという点です。法的に言えば、この生徒は他の生徒の学習権を侵害していることになります。また、中学生にも関わらず基本的なルールが守れず、さらに目上の人間である教師の指導に正当な理由もなく抵抗しようとする態度については、家庭の指導不足の責任も大きいはずです。
したがって、体罰の議論をする以前に、こうした生徒の存在自体を問題視し、議論しなければなりません。教員の体罰防止ばかりに焦点を当てるのではなく、児童生徒の問題行動防止にも焦点を当てなければならないのです。
また、日本の小中学校は公立・私立を問わず、校長の判断で児童生徒を停学にすることができません。これは海外と比較すると非常に珍しい制度であり、児童生徒の問題行動に対して教員が採りうる手段が非常に限られている点も議論に値します。
なお、設例では男性教員が女子生徒の腕を引いている点が別途セクハラ等の法的問題になり得る可能性があります。もちろん、女性教員が男子生徒の腕を引くことも同様なはずですが、一般的に男性教員が女子生徒の体に接触することのほうが問題視される傾向にあります。
しかし、設問のように他の生徒の学習権を侵害し、かつ教員の指導に抵抗する生徒に対し、性的な理由により教員の採りうる手段を限定することは妥当ではありません。設問の行為が体罰に当たらない以上、他の生徒の学習権を保証するためにも教員は厳正に指導すべきであると考えます。
弁護士・高校教員。教育法を専門とする弁護士活動と東京都の私立学校で高校教師を兼業する「スクールロイヤー」活動を行っている。担当科目は社会科。著作に『学校内弁護士 学校現場のための教育紛争対策ガイドブック』(日本加除出版)など。
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