スクールロイヤー神内聡の 教師のための法律相談
教師であり弁護士でもある神内聡先生が、教師の学校での悩みを法律に基づいて解説します。
●異性の児童生徒との適切な距離は?
休み時間、男性教員である私の膝に低学年の女子児童が乗ってきました。その場面を偶然見ていた保護者から学校に、「不快に感じた」との連絡がありました。どうすればよかったのでしょうか。
2018.11.01
教師であり弁護士でもある神内聡先生が、教師の学校での悩みを法律に基づいて解説します。
●異性の児童生徒との適切な距離は?
休み時間、男性教員である私の膝に低学年の女子児童が乗ってきました。その場面を偶然見ていた保護者から学校に、「不快に感じた」との連絡がありました。どうすればよかったのでしょうか。
教育現場では、異性間の教員と児童生徒が教育活動を通じてさまざまな関わりを持つことがありますが、その関係構築の中では設問のようなリスクが生じることも十分あり得ます。設問は小学校の事案ですが、こうしたリスクは中学校や高校などでも当然あることで、児童生徒の心身の発達段階に応じて適切な関係を築く必要に迫られます。
最近の教育現場では、「娘が男性に慣れていないので、できれば女性が担任のクラスにしてほしい」といった要望が出される場合もあります。学校としてはこうした要望に対応する必要はありませんが、実際に異性に対する接し方に慣れていない児童生徒や、「異性間の関係はこうあるべき」という固定的な価値観を持っている保護者が一定数いるのも事実なので、教員としてはそうした児童生徒や保護者の存在を前提に、異性間の教員と児童生徒の適切な関係を築いていく意識も必要になります。
設問のような場合、男性教員は自分の膝に乗ってきた女子児童を降ろし、冗談交じりに「こういったことをすると先生が誤解されてしまうからね」などと注意する、という対応が考えられます。これは男性教員があらぬ誤解によって児童生徒や保護者からセクシャルハラスメントのクレームを受けることを避けるための防御手段です。
ただ、設問では保護者が男性教員の膝の上に女子児童が乗っている光景を「現認」し、異性間の教員と児童の関係として不適切ではないか、というクレームをしています。学校としては、まず、教員と女子児童、周囲の児童などから事実関係を確認した上で、決して不適切な行為ではなかったことを保護者に説明すべきでしょう。
こうしたクレームを避けるためには、日常から教員や児童に対して、異性同士の距離感に十分気を付けるよう注意指導すべきであるという考え方もあります。予見可能な法的なリスクをできる限り回避すべきであるという弁護士のスタンスからは、セクシャルハラスメントと誤解されるような行為自体、慎むべきであり、日常的な注意指導を徹底すべきであるという考え方が多数であると思われます。しかし、女子児童が男性教員に親近感を持って接した行為を否定的に捉えて注意指導することは、教員にとってなかなか容易なことではありません。筆者としては、このようなリスクを抱えている教員の仕事自体に構造的な問題はないか、といった点を議論すべきではないかと思うのです。
教員と児童生徒は「教え、教わる関係」です。しかし、日本では海外ほど教員と児童生徒の関係は厳格ではなく、むしろより人間的に「寄り添う」濃密な関係を築くことが求められています。また、学級担任や部活動顧問のように、日常的に児童生徒や保護者と関わる仕事が多いのも日本の教師の特徴です。そのため、児童生徒や保護者とトラブルを生じさせるリスクが高くなるのです。加えて、日本の教育では児童生徒や保護者は「(教育の)消費者」でもあり、教員は対価に応じた教育サービスを提供しなければなりません。このような事情の下では、設問のようなリスクを負う可能性が高くなります。
学級担任や部活動顧問の仕事を通じて子供たちに人間的に寄り添えることは日本の教育制度の最大の長所です。それだけに教員と児童生徒間の適切な関係を意識するということは、日本と海外の教育の比較という視点からも、議論されなければならない極めて重要なテーマだと言えます。
弁護士・高校教員。教育法を専門とする弁護士活動と東京都の私立学校で高校教師を兼業する「スクールロイヤー」活動を行っている。著作に『スクールロイヤー 学校現場の事例で学ぶ教育紛争実務Q&A170』(日本加除出版)など。また、NHKドラマ「やけに弁の立つ弁護士が学校でほえる」の考証を担当。