2019.02.01

教師のための法律相談 〜児童生徒による私物の物損~

スクールロイヤー神内聡の 教師のための法律相談

教師であり弁護士でもある神内聡先生が、教師の学校での悩みを法律に基づいて解説します。

児童生徒による私物の物損

授業で使用するため自分のデジカメを持ってきました。目を離した隙に,子供がふざけてデジカメを取り合い,壊されてしまいました。修理代は自分で持つしかないのでしょうか?

1 賠償責任は誰が負う?

 設例では子供がふざけて教師の私物を壊してしまっています。「ふざけて」をどう理解するかが問題ですが,もし「わざと」とすると,形式的には器物損壊罪の構成要件に該当するので少年事件になります。もっとも通常,「ふざけて」は故意ではなく過失と理解する場合が多いので,器物損壊罪は成立せず,刑事責任ではなく民事責任として損害賠償の問題になります(設問は物的損害の事例のため,学校の損害賠償でおなじみの日本スポーツ振興センター災害共済給付〈負傷や疾病が対象〉は適用されません)。
 損害賠償の問題となると,一般的な感覚では「保護者が修理代を支払う」という結論が妥当です。ただ,法律上は少しややこしい構成になります。民法第712条は,未成年者が他人に損害を与えた場合でも,自己の行為の責任を理解するに足りる知能(「事理弁識能力」と言います)がなかったときは,賠償責任を負わないと規定しています。
 この事理弁識能力は年齢で画一的に判断されるものではなく,個人差や環境なども考慮して個別具体的に判断され,おおむね11 ~ 12歳前後(小学校高学年)が目安とされています。つまり,設例でデジカメを壊した子供が小学校高学年未満の場合は子供に賠償責任は発生せず,同法第714条の規定により保護者が賠償責任を負う,という結論になります。
 保護者が監督義務を怠らなかった場合や,監督義務を怠らなくても損害が避けられなかった場合は賠償責任を免れますが,保護者はそれを証明しなければなりません。判例では,責任能力ない未成年者の親権者は,その直接的な監視下にない子の行動について,人身に危険が及ばないよう行動するよう日頃から指導監督する義務があると示されています。私見ですが,設例のように人身の危険の場合でなくても,他人の私物を壊してはならないことも日頃から指導監督すべき内容なので,保護者が責任を免れることは難しいでしょう。

2 賠償責任は生じても賠償能力がない?!

 では,子供が小学校高学年以上の場合,すなわち事理弁識能力がある場合はどうなるでしょうか。この場合は,子供自身が賠償責任を負うことになりますが,子供には賠償能力がありません。判例は未成年者に責任能力がある場合でも,保護者の監督義務違反と未成年者の不法行為によって生じた結果との間に相当因果関係があれば,保護者に賠償責任が発生することを認めています。
 設例の場合,他人の私物を壊してはならないと日頃から家庭で指導監督していなかったならば,相当因果関係は認められますが,これを証明する責任は教師にあります。教師の私物をふざけて壊す児童生徒は,家庭で指導監督がちゃんとできていないと推認される可能性が高いですが,相当因果関係が認められない場合もあり得ます。そうすると,賠償能力のない子供自身が賠償責任を負うことになるので,教師は事実上デジカメの修理代を自分で負担することになります。ほとんどの保護者はこうした場合,道義的に子供に代わって修理代を支払うか,個人賠償責
任保険などに加入していれば保険を利用して修理代を填補するでしょうが,保険に加入していない保護者が修理代の支払いを拒否することがないとは言い切れません。設例ではデジカメですが,これがもっと高額な私物である場合は支払いを拒否する可能性も高くなるでしょう。
 設例はある意味では賠償能力を全く考慮していない法律上の不備に関連するものであり,教師にとって日常的に存在する法的リスクであると言えます。高額な私物を授業で使用する場合は,万全の注意を払うことが望まれます。

著・監修/神内 聡

弁護士・高校教員。教育法を専門とする弁護士活動と東京都の私立学校で高校教師を兼業する「スクールロイヤー」活動を行っている。著作に『スクールロイヤー 学校現場の事例で学ぶ教育紛争実務Q&A170』(日本加除出版)など。また、NHKドラマ「やけに弁の立つ弁護士が学校でほえる」の考証を担当。