2019.02.25

教師のための法律相談 〜宿泊行事引率中の飲酒~

スクールロイヤー神内聡の 教師のための法律相談

教師であり弁護士でもある神内聡先生が、教師の学校での悩みを法律に基づいて解説します。

宿泊行事引率中の飲酒

スキー合宿の際,生徒が消灯した後,部屋でビールを一杯…というのはダメなのでし
ょうか?

1 勤務時間中の飲酒は禁止

 飲酒運転は道路交通法で厳格に禁止されており,教員が飲酒運転を行った場合は,地方公務員法により懲戒処分の対象になります(第29条第1項・第32条)が実は勤務時間中の飲酒を明確に禁止する法令はありません。勤務時間中に飲酒して,適切な判断ができずに児童生徒に事故が生じた場合,過失として刑事又は民事上の責任を負うことは当然ですが,飲酒していたとしても,適切な判断が行われ,児童生徒に何の損害も生じていない場合はどうでしょうか。
 ほとんどの組織では,勤務時間中の飲酒は職業倫理上許されないと考えられています。例えば,弁護士が飲酒後に顧客と法律相談を行った場合,たとえきちんと法律相談を行っても顧客の信用を失う可能性は十分にあるでしょう。教員は,児童生徒に対する教育を司る者として,「自己の崇高な使命を深く自覚」することが求められ(教育基本法第9条第1項),特に公立学校教員は「教育を通じて国民全体に奉仕」することが求められます(教育公務員特例法第1条)。教員に求められる職業倫理に照らせば,公立学校教員が勤務時間中に飲酒することは,たとえ児童生徒に何の損害が生じなくても,「その職の信用を傷つけ,又は職員の職全体の不名誉となるような」信用失墜行為と評価され,懲戒処分の対象になると考えられます(地方公務員法第29条第1項・第33条)。また,学校の設置者が定める個別の服務規程で,勤務時間中の飲酒が禁止されていれば,規程違反として懲戒処分の対象になります。

2 宿泊行事中は勤務時間か?

 では,設問のように,宿泊行事の引率中は「勤務時間」に該当するでしょうか。公立学校教員に対しては,給特法*1及び超勤4項目*2の規定により,「修学旅行その他学校の行事に関する業務」については時間外勤務を命じることができます。つまり,宿泊行事の引率中は「勤務時間」なのです。たとえ生徒の消灯後でも勤務時間である以上,飲酒すれば信用失墜行為として懲
戒処分の対象になると考えられ,実務上も懲戒処分になることが一般的です。
 しかし,たとえ宿泊行事中であっても,引率中の全ての時間を勤務時間と考えることは本当に妥当でしょうか。例えば,教員の勤務時間中に生じる「職務に専念する義務」(地方公務員法第35条)を,宿泊行事の引率中にも厳格に適用すると,「宿泊」行事にも関わらず,引率教員は一睡もしないで職務に専念しなければならなくなり,現実的に不可能である上,疲労で判断能力が低下し,児童生徒に対する「安全配慮義務」を果たせなくなるリスクも生じます。実際の宿泊行事では,引率教員が交代で夜間見回りを行うなど,引率時間に空白を生じさせないことが一般的ですが,引率教員が1人の場合などは不可能ですし,交代での見回り自体,教員に過酷な労働を強いることにもなります。したがって,宿泊行事中の全ての引率時間を勤務時間と考えることは,法的にも妥当ではありません。
 そうすると,設問のように,生徒消灯後であれば,宿泊行事中であっても引率教員は勤務時間から解放されていると解釈することもあり得ます。そして,勤務時間外の飲酒ならば,通常の勤務時間中の飲酒と全く同列に信用失墜行為と評価することは法的にも難しいでしょう。また,仮に消灯後に飲酒していた際に生徒が事故に遭ったとしても,事故自体が予見可能なものであり,飲酒しなければ事故を防止できたという因果関係が認められなければ,引率教員の法的責任は認
められないと考えられます。このように,宿泊行事引率中の飲酒が法的にどう判断されるかは難しい問題です。とはいえ,やはり児童生徒と一緒にいるときはお酒を飲まないに越したことはないでしょう。

※ *1:公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法

※ *2:①生徒の実習,②学校行事,③職員会議,④非常災害,児童生徒の指導に関し緊急の措置を必要とする場合

著・監修/神内 聡

弁護士・高校教員。教育法を専門とする弁護士活動と東京都の私立学校で高校教師を兼業する「スクールロイヤー」活動を行っている。著作に『スクールロイヤー 学校現場の事例で学ぶ教育紛争実務Q&A170』(日本加除出版)など。また、NHKドラマ「やけに弁の立つ弁護士が学校でほえる」の考証を担当。