スクールロイヤー神内聡の 教師のための法律相談
教師であり弁護士でもある神内聡先生が、教師の学校での悩みを法律に基づいて解説します。
2019.08.02
教師であり弁護士でもある神内聡先生が、教師の学校での悩みを法律に基づいて解説します。
まったく経験のないスポーツの部活動顧問を依頼されました。勉強する時間の余裕もなく,断りたいのですが、無理でしょうか。
教育委員会が定める学校管理運営規則の多くは,校長が教員に部活動指導業務を校務として分掌させることができると規定しています。このため,公立学校では校長が職務命令として教員に部活動顧問を命じています。また,学校教育法第37 条第11 項には「教諭は,児童の教育をつかさどる」と規定されており,学習指導要領では部活動が「学校教育の一環」と位置付けられていることから,部活動顧問は教員の当然の業務であり,校務分掌上拒否できない業務であるとする考え方もあります。そうなると,設問のような場合,教員はたとえ経験のないスポーツの部活動顧問であっても拒否できないように思われます。
しかし,学習指導要領で部活動が「生徒の自主性,自発的な参加により行われる」と規定されていることや,部活動顧問という業務がどの法律にも全く明記されていないことに照らせば,部活動顧問が教員の当然の業務であると解することにはかなり無理があります。また,子供たちの利益の観点からも,経験のない教員が部活動の指導を担当することは好ましいとは言えません。さらに,「部活動指導員」が法律上明記された現在では,まず顧問を担当できる部活動指導員の採用を検討した上でなければ,教員に対して(法律上明記されていない)顧問という業務を担当させることはできないと考えるべきです。
また,仮に,部活動顧問を職務命令で担当させることができるとしても,あくまでも勤務時間内でなければなりません。公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(給特法)で,教員に時間外労働を命ずることができる超勤四項目の中に部活動業務は含まれていません。すると,野球部のように多大な練習時間が必要な部活動であっても,顧問を担当する教員は勤務時間が終了すれば顧問業務をする必要はなく,それ以外の時間は生徒による自主練習になります。勤務時間外の部活動業務を教員の自発的な労働と決めつける裁判例や,教員の善意を悪用する現場の雰囲気によって,教員にほとんど時間外手当を支払うことなく部活動顧問をさせているのが現状ですが,この点が社会的な問題になっていることは周知のとおりです。
筆者は教員としては,日本の教育にとって部活動は不可欠であり,子供たちが部活動を通じて体験できることは日本の教育の大きなメリットだと考えています。部活動顧問の仕事は,海外と異なり,子供たちに寄り添う教育を志す日本の教員にとっても大きなスキルアップにつながります。しかし,法律家としては現状の部活動のやり方を容認するわけにはいきません。
そのためには,まず裁判例や法律家の考え方を変えなければなりません。現在は,教育課程にあり,免許を持った教員が行う体育の授業中に発生した事故の責任と,教育課程になく,当該部活動の指導経験のない教員による時間外労働である朝練中の事故の責任が,全く同じ法律論で論じられています。こうした状況が,部活動顧問を担当しなければならない教員にどれほど過酷なプレッシャーを与えているかを考えるべきです。
また,部活動が生徒の自主的,自発的な参加を本質とするならば,「受益者負担」の考え方から,部活動に参加する子供の保護者が,教員や部活動指導員の顧問報酬の一部を負担すべきであるという考え方があってよいはずですが,そうした議論はほとんど行われていません。部活動を学校教育の一環として行うとしても,教育課程と異なるならば無償で行う必要はどこにもないはずです。
部活動の改革がなかなか進まない理由は,政府の議論や学術研究に現職教員が参画する機会が極めて少なく,「現場不在」の議論ばかりが行われているからです。部活動顧問を経験したことがないまま,政府の議論や学術研究に関与する人たちには,現職教員のためにどのような役割を果たすべきか,再考してほしいと思います。
弁護士・高校教員。教育法を専門とする弁護士活動と東京都の私立学校で高校教師を兼業する「スクールロイヤー」活動を行っている。著作に『スクールロイヤー 学校現場の事例で学ぶ教育紛争実務Q&A170』(日本加除出版)など。また、NHKドラマ「やけに弁の立つ弁護士が学校でほえる」の考証を担当。